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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)452号 判決 1982年5月18日

原告

荒井順子こと宋桂順

被告

巴タクシー株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告に対し三二六万五二四四円及び内金二九六万五二四四円に対する昭和五三年一一月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五三年一一月七日午前一〇時三〇分頃

2  場所 大阪府四条畷市南野一丁目一番二七号付近の路上(国道旧一七〇号線、三差路)

3  加害車 普通乗用自動車(登録番号、大阪五五う五五六五号、以下被告車という)

運転者 被告峰平尊夫

4  被害車 普通乗用自動車(以下、原告車という)

運転者 原告

5  態様 原告車が北から南へ直進中、三差路から後退してきた加害車が被害車と衝突した。

二  責任原因

1  被告巴タクシー株式会社(以下被告会社という)

(一) 運行供用者責任

被告会社は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(二) 使用者責任

被告会社は、被告峰平の使用者であるところ、本件事故は、被告峰平が同会社の業務中同被告の過失(後方不注視)により生じたものであるから、民法七一五条の責任がある。

2  被告峰平の責任

(不法行為責任)

被告峰平は、被告車を運転し狭い道路から広い道路に後退する際に、一旦停止して広い道路上の車両の通行の有無を確かめて後退すべきなのに、これを怠つた過失により、本件事故を惹起したものである。

三  損害等

1  治療経過等

原告は、本件事故により、腰部打撲、頸椎捻挫、外傷性頸部頭部肩部症候群の傷害を受け、昭和五三年一一月九日から同年一二月一五日まで野川病院に入院し(入院日数三七日間)、昭和五三年一一月七、八日と同年一二月一六日から昭和五四年九月二九日まで同病院に通院した(実治療日数一五一日)

2  後遺症

原告は、本件事故により一四級一〇号の後遺障害が残つた(症状固定日 昭和五四年九月二九日)

3  損害

(一) 治療費 一三万七三八九円

(二) 付添看護費 一一万一〇〇〇円

一日当り三〇〇〇円、三七日分

(三) 入院雑費 三万七〇〇〇円

一日当り一〇〇〇円、三七日分

(四) 休業損害

原告は昭和五三年一一月七日から昭和五四年九月二九日までの三二七日間休業した。

賃金センサスによると、四四才女子の平均賃金は一五九万七六〇〇円であるから、原告の休業損害額は一四三万一二七九円となる。

(算式)

一五九万七六〇〇÷三六五×三二七=一四三万一二七九

(五) 逸失利益 一四万八五七六円

原告は、本件事故により一四級の後遺症が残り、労働能力を五%、二年間にわたつて喪失した。

原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一四万八五七六円となる。

(算式)

一五九万七六〇〇×〇・〇五×一・八六=一四万八五七六

(六) 慰藉料 一八五万円

原告の入通院、後遺障害による精神的苦痛の慰藉料としては一八五万円が相当である。

(七) 弁護士費用 三〇万円

(八) 損害の填補

原告は自賠責保険から後遺障害の保険金として七五万円の支払を受けた。

4  結論

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第四請求原因に対する認否

(被告両名)

一  請求原因一項1ないし4の事実を認める。5は争う。

被告車が停車中、原告車が追突したものである。

二  同二項中、被告会社が被告車の保有者であること、同会社が被告峰平の使用者であり、本件事故は被告峰平が業務中に発生したことを認めるが、被告峰平に過失があることは否認する。本件事故は原告が停車中の被告車に追突したもので、原告の一方的過失に基くものである。

三  同三項中、(ハ)の事実を認め、その余は争う。

第五抗弁

一  被告会社

1  免責

本件事故につき、被告峰平及び被告会社には何らの過失はない、被告車に構造上の欠陥、機能上の障害はなかつた。すなわち、被告峰平は本件事故当時、被告車を運転し旧国道一七〇号線を南進し本件事故現場付近で左折し左側道路に入ろうとした際に、たまたま左側道路から旧国道へ出てくる軽自動車を発見したので右軽自動車をやりすごそうと右旧国道上で停車したところ、被告車の後方から原告車が追突したもので、本件事故は、原告の前方不注視の過失によつて生じたものである。

よつて、被告会社には自賠法三条による責任はない。

2  被告峰平は、右1で述べたとおり、停車中を原告車に追突されたものであつて、その運転につき過失は全くなかつたし、また被告会社は被告峰平の選任監督及び被告車の点検整備についても過失がなかつた。

よつて、被告会社には、民法七一五条の責任はない。

第六抗弁に対する認否

抗弁事実は、争う。

第七証拠関係〔略〕

理由

第一  請求原因一項1ないし4記載の各事実は、原告と被告両名との間で、争いがない。

第二  原告の被告峰平に対する請求について判断する。

一  原告は、本件事故の原因は、被告峰平が、安全を確認しないで狭い道路から旧国道一七一号線に急に後退した過失によるものであると主張し、被告峰平は、被告車が弥勒寺方面に左折しようと停車した際に、原告車に追突されたとして事故の態様を争うので、先ず、本件事故の態様について検討する。

1  成立について争いのない乙第一号証、証人佐田守男の証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、被告峰平本人尋問の結果に検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、南北に通ずる巾員七・七メートル(二車線)の旧国道一七一号線(以下、単に旧国道という)と、弥勒寺方面に通ずる道路(以下、単に東西道路という)とがT字型に交差している。

東西道路の巾員は一定ではなく、旧国道と交差する地点では、約六・七メートルあるが、本件交差点の東西道路上に設けられた停止線から東側に五メートル入つた地点では約四・五メートルと狭くなり、さらに同停止線から東へ一〇・八メートル入つた<20>と表示された制限速度標識(以下、単に制限速度標識という)付近では五・三メートル、同標識から東側のトタン葺き倉庫東側では六・七メートルあるが、同倉庫北側付近では、三・七メートル(電柱が立つている場所では三・四メートル)となり、弥勒寺方面へは、ほぼ同程度の巾員となつている。

(二) 東西道路の北側には、旧国道との交差点付近に三階建のマンシヨンがあり、その東側には二階建アパートが、同アパートの東隣りには有料駐車場があり、右マンシヨン西側の旧国道に面する場所は、約四メートル巾の舗装された前庭で、駐車場所等に利用されており、東西道路との境界には金網のフエンスが設置され、また、右二階建アパートと東西道路との間は舗装されていない空地となつており、同空地の間口は約一〇メートル、奥行は約七メートルで、塀や門扉等はなく、駐車場等として利用されている。

(三) 東西道路の南側は、側溝をはさんでトタン塀に囲まれた空地があり、停止線から約一五メートル東寄りにはトタン葺き倉庫がある。

(四) 被告車の車幅は、一・六九メートル、車長四・九メートルであり、本件交差点から、東西道路の南側にあるトタン葺き倉庫西側や標識付近の東西道路においては、対向車があつても、それが特に大型の自動車でないかぎり、すれちがうことは可能であること。その他に、右二階建アパート前の空地や、右有料駐車場に、車体の一部を乗り入れることによつても、自動車同士のすれちがいが可能である。

(五) 本件交差点には、交通信号機は設置されておらず、旧国道は、最高速度が時速三〇キロメートルに制限され、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の各交通規制がされており、また東西道路は、最高速度が時速二〇キロメートルに制限され、大型、大型特殊三トン以上の自動車の通行が禁止され、東西道路から旧国道に出る際は一時停止の、各交通規制がなされている。

検証時の交通量は、旧国道はかなり頻繁であるが、東西道路は一〇分間に一一台程度であつたが、昭和五三年一一月八日に行なわれた警察官による実況見分の際の、三分間の通行量は、旧国道二五台、東西道路二台であつた。

(六) 被告峰平は、本件事故当日、四条畷駅から客を乗せて打上方面に行き、同駅に被告車を回送中、被告会社四条畷営業所から弥勒寺にタクシー利用客がいるとの無線連絡を受け、同寺に向うべく旧国道を時速二〇キロメートルから三〇キロメートルの速度で南下し、本件交差点の手前(北寄り)の三階建マンシヨン前付近で左折の方向指示器を出して減速し、東西道路を見たところ、同道路から旧国道に出ようとしている自動車を発見し、右自動車をやりすごすため、右マンシヨン南側の美容室前付近の地点で停車したところ、後方から原告車に追突された。本件事故直後、被告峰平は、交通の邪魔にならないよう、被告車を東西道路に入れてから原告車に近づき、原告に声をかけた。

(七) 原告は、本件事故当日、子供の忘れ物を届けるため、原告車を運転し時速約三〇キロメートルで旧国道を南進していた。原告は、衝突する直前まで被告車の存在に気がついていなかつた。

(八) 原告車は、本件事故の際原告車の運転席側の車体が旧国道のセンターラインと平行な状態であり、一方、被告車は、やや左に転把した状態で、車体はやや左を向いていた。

衝突場所は、本件交差点北側にある前記三階建マンシヨン南側の美容室前付近で、東西道路と旧国道とが交差する地点(北寄りの地点)から、被告車左前部までの距離は、約二・六メートル、旧国道西側端から衝突地点までの距離は二メートルであつた。

(九) 本件事故による被告車の損傷は、後部トランクのキーボツクス付近の凹損であり、原告車の損傷は、車体右前部ボンネツト先端・前照灯グリル付近の凹損であつた。

(一〇) 佐田守男は、佐田自動車の名称で、自動車の修理・販売・保険代理店を営んでいる者であるが、原告車を販売した関係から、本件事故当日、原告の夫である訴外荒井英治から本件事故の連絡を受け、被告会社の四条畷営業所に赴き、右荒井と話をした際に、右荒井から、「保険で手続したつてくれ」「全面的にしてくれ」「過失割合を甲(原告側)一〇〇%、乙(被告両名)〇%としてくれ」と言われ、右荒井の依頼で、甲第五号証の一、二、乙第二号証(示談書)を作成した。右佐田が記載したのは、事故発生日時、事故発生場所、事故概況(乙の車両が左折の為停車中、甲の車両が後方より追突)、当事者甲欄の記載全部、過失割合(甲一〇〇% 二〇%)、原告本人、荒井英治の住所・氏名であつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は後記6の理由により採用しない。

2  右認定した事実によれば、本件事故は、原告の前方不注視の過失により、被告車に追突したものと解するのが相当であり、被告車が後退したため発生したものとは認められない。

3  ところで、証人河村順子は、

(一) 本件事故当日、買物に行くため東西道路を旧国道方面に向けて歩行中、前記有料駐車場付近まで来たとき、東西道路を東方向(弥勒寺方面)に向けて進行してくる被告車と思われる黒塗りのタクシーを認めた。同車は、東西道路の前記速度標識付近まで進入していたが、後方に下つて行つた。その直後に、同証人の後方から、白つぽいライトバンのような自動車が来て、同証人を追越して行き、本件交差点を左折して行つた。

(二) 同証人は、ガチヤンという音を聞き、旧国道に出てから本件事故現場付近を見たところ、被告会社のタクシーとグリーンがかつた色の自動車二台が旧国道上に停車しており、右タクシーの運転手が後方の自動車の方に歩いて行つた。後方の乗用自動車の運転手は女性であつた旨原告の主張に沿う供述をしている。

4  右河村証言について検討するに、同証人の証言によれば、

(一) 被告峰平は、一旦、東西道路の制限速度標識付近まで進入しながら、有料駐車場より東側の東西道路を、本件交差点に向けて走行してくる対向車を発見したため、被告車が東西道路に入つていると、すれちがいが困難であると判断して急拠、旧国道上に後退したことになるが、被告車が右速度標識付近まで進入していれば、前記認定のとおり、同所付近は、対向車があつても、双方が左側に寄れば、すれ違うことが可能な場所であり、対向車とのすれ違いに熟達していない運転の初心者なら格別、被告峰平はタクシー運転手であるから、右速度標識付近まで進入していれば、十分対向車とすれちがうことは可能であると思料されるから、同被告が、あえて交通頻繁な旧国道上に後退する危険を冒すことは通常考え難いこと、

(二) 本件事故直後、被告峰平は、被告車を東西道路に入れることなく、旧国道上に停車したまま被告車から下車して原告と話をしていたことになるが、原告及び被告峰平は、いずれも本件事故直後、被告峰平は東西道路に被告車を入れてから下車して原告車に近づいたと供述しており、右河村証人の証言は、右原告、被告峰平の供述とは相違していること

等を考えると、本件事故を目撃したとの同証人の証言は、たやすく措信できない。

5  また、原告の夫である証人荒井英治は、乙第二号証(示談書)に記載した事故態様や過失割合は、被告会社から原告車が被告車に追突した旨の説明を受けたので、同証人は、右被告会社の言を信じたにすぎないと述べているが、原告本人の供述によれば、原告は、本件事故直後、被告峰平から硬貨を借りて原告の夫である右荒井に電話しており、右電話の内容について、原告は、自動車屋さんに来てもらつてくれと言つただけであると供述しているが、交通事故の連絡をする際に、事故の内容等について全く話をしなかつたとは、通常考えられないことから、右原告本人の供述はたやすく措信できず、原告の夫が事故の処理を他人である佐田守男に依頼する際に、一方の当事者である原告に事故態様を全く聞くことなく、被告会社の言い分のみを聞いて、原告側に極めて不利な過失割合を容認したものと解することは、本件事故当時、原告の夫が被告会社の従業員であつたことや、原告車は保険に加入していて、損害の填補は保険会社が行い原告側の負担とはならないとしても、極めて不自然であり、右荒井証人の供述は、たやすく措信できない。

6  原告本人の供述中には、被告車が旧国道上に後退したという原告の主張に沿う部分もあるが、

(一) 被告車が、本件交差点を左折し東西道路に車体全部が入つた状態のときは、前記河村証人の証言について論じたとおり(4(一))、仮に対向車が来ても、後退しなくともすれちがいが可能であり、危険を冒してまで後退するとは考えにくいこと、

(二) 被告車が、左折のため、東西道路に、その車体の一部を進入させた際に、対向車が接近して来るのを発見したような場合には、旧国道上に後退した方が、対向車との離合に便利なこともありうるが、右の場合であつても、東西道路の旧国道と交差する地点の巾員は約六・七メートルであるから、仮に旧国道上に後退する場合でも、本件の衝突位置のように、旧国道とほぼ平行となる位置に、しかもマンシヨンの美容室前付近まで後退しなければならない必然性はなく、被告車が旧国道とほぼ平行になる右美容室前付近まで後退を続けたとの原告本人の供述は不自然であると考えられること(特に、原告本人が供述するように、対向車が、東西道路から旧国道へ左折していつた場合は、なおさらである)、また東西道路に被告車の車体の一部を進入させていれば、同道路と、その北側に隣接する三階建マンシヨンの敷地との境界の間は、金網のフエンスとなつているのであるから、東西道路の本件交差点付近の通行状況については、旧国道からの見通しがきくにもかかわらず、原告が本件事故の直前まで被告車を発見していないことは、原告は、前方を注視していなかつたのではないかとの疑いが強いこと(見通しのきかない、右マンシヨンの建物のかげから、被告車が高速で後退したと考えることは、旧国道の通行量等を考えると、一層不自然であると考える)。

(三) 本件事故の直後は、原告側も原告の過失を認めていたこと

等を総合的に考慮すると、被告峰平の本件事故に関する供述の方が合理的であると考えられるから、前記のとおり、原告車が東西道路に左折するため旧国道上に停車した被告車に追突したものと解するのが相当であり、右認定に反する原告本人の供述は措信し難い。

二  以上述べたとおり、本件事故は、被告峰平が被告車を後退させたために生じたものとは認められず、かえつて、原告が前方注視を十分に行なわなかつたため、東西道路から出てくる対向車を先に通してから左折しようと、旧国道上で一時停止した被告車の発見が遅れ、原告車を被告車に追突させたものと解するのが相当であるから、同被告に被告車を後退させる際に安全の確認しなかつた過失があるとの原告の主張は、採用しない。

三  よつて、原告の被告峰平に対する請求は、同被告の責任が認められない以上、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第三  原告の被告会社に対する請求について判断する。

一  運行供用者責任

1  被告会社が、被告車を保有し、運行の用に供していたことは、被告会社・原告間において争いがない。

2  被告会社は、本件事故は原告の過失によるもので被告車を運転していた被告峰平には過失が存せず、自賠法三条による責任はない旨主張するところ、前記第二の被告峰平に対する請求の項で論じたとおり、本件事故につき、同被告に過失があつたものとは認め難く、本件事故は、左折すべく停車した被告車に、原告の前方不注視のため原告車が追突したものと解されるから、右被告会社の免責の主張は理由がある。

よつて、右原告の主張は失当である。

二  使用者責任について

前記被告峰平の過失について述べたとおり、被告峰平に過失が存しない以上、原告は、被告会社の使用者責任を問うことはできない。

三  よつて、原告の被告会社に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第四  結論

以上述べたとおり、原告の被告両名に対する本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老根遼太郎)

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